楽天家な私と沈鬱なる現実 そしてその間隙に藤原紀香

 一年間の留年も含めて合計四年間のモラトリアムを享受して来た私にとって、就活なんて遠い国で起こっている紛争とか、デモとかと同じ位置付けだったから、急に周りの人間が、エントリーシートだ、面接対策だと色めきだって来た時は、正直冷や水をぶっかけられたような気分だった。

 

 周りの就活生が冬季インターンに勤しんでいるこの時期、大学生活の半分くらいを費やして寄生し続けた(元)彼女のアパートをいよいよ追い出され、都会に雑踏に放り出された哀れなコバンザメこと私は、(実際はちゃんとあったかいご飯とお風呂、そして優しいママが完備された実家に毎日帰っている。往々にしてテクストとその書き手の生活は分けて考えた方がよいのだ)急に自己の輪郭がはっきりとしはじめ、とてつもない不安にさいなまれている。友達のさっちゃん(55歳 女性 独身)に相談したら、とりあえず選挙に行けとだけ言われた。

 

 さて、今まで生活費と遊興費の面倒のほとんどをみてもらった(元)彼女は、ヒモと付き合っていた反動から、資金力と包容力を兼ね備えた40歳のおっさんと夜の街に消えて行ったので、私は塾講師としてアルバイトをすることになった。正直おっさんと(元)彼女との馴れ初めやその夜に起きた事を(元)彼女の口から聞いた時、初めて藤原紀香のバスロマンのCMを見た時くらい興奮したのだが、この話はまたの機会にじっくりこってり話すとしよう。    

 

 閑話休題、話をアルバイトに戻そう。実は職場への道すがらにあるアパマンショップで私が大好きな阪神タイガースの大山選手に瓜二つな男が働いていて、私はいつも通勤途中ガラスの壁越しに彼をみるのだが、私がそこを通る午後6時ごろにはたいてい彼は難しい顔をしてPCを睨んでいる。そしてなぜか私はいわく言い難い観念にとりつかれることなしに、そのアパ大山の姿を見ることができない。

 

 その観念の源に遡ってみると、そこには野球選手大山とアパマンショップで働く大山の歴然とした差異があった。フアンの大歓声の中、投手を睨みつけ、弾いた打球は甲子園球場の夜空に美しい放物線を描きスタンドイン、そんな大山と、毎日やけに明るすぎるガラス張りの職場で、冴えない観葉植物を背にPCを睨みつけるアパ大山。アパ大山はきっと真面目に書類作成をしているのだろう。彼の活躍もそれに伴う痛みもフアンの歓声に決して晒されることはない。そしてそれは今就職活動をしている私の未来を写した姿であることもはっきりとわかっている。

 

 私は別に目立ちたいわけじゃない、お金が欲しいわけでもない。大山は信じられない努力でそれを勝ち取ったわけだから、彼はそれに値し、私はそれに値しない。そんなことはわかっていた。わかってはいた。私はただ、年齢がいくつも変わらない大山と私のそれぞれ今までなしてきた、そしてこれからするであろう事柄の途方もない隔たりにただ恐れ慄いていただけだ。

 

 プロスポーツ選手や芸能人は子供達に夢を与えるのが仕事である、というのはよく言われるが、それは実は無責任なことなのではないだろうか。大人なら、期待値が低すぎるプロ野球戦手になるという夢を子供に植え付ける前に、子供が年端も行かない頃から、すこし希釈した冷酷な一連の事実を予防接種的に打ち込むべきである。君のことなど誰も知らないし、その事実は未来永劫変わらないのだと。

 

 いや本当はわかっていたはずだ。私は私自身が何ら特別な人間ではないことを。うまくそこから目をそらしていただけだということを。それら一連の冷たい現実の群れが私の前に現れた時、なぜかそこに光を感じたのは、一方で自らの可能性とその限界を引き受けることで初めて人は美しい放物線を描くことに実は気づいていたからなのだろうか。私も大山とまではいかないかもしれないが、放物線を描きたい。せいぜいセカンドフライかもしれないが、せめてバッターボックスには立ちたい。そんな思いで眠い目を擦りながら、このブログを書いている。始発電車の走り出す音が窓外から聞こえてきて、街がゆっくりと循環し始めるのを感じる。とりあえず今は眠ろう。そして起きてまだ陽があったら大学の相談室にでも行こう。もし夜になってたら、藤原紀香 バスロマンで検索しよう。